変わりゆくきもの市場

衰退市場といわれるきもの業界ですが、今、市場に新しい動きが生まれ、多様化の時代が訪れています。きもの業界のこれまでと現在生まれている変化を、ご自身もきものユーザーである、立命館大学経営学部の吉田満梨准教授が経営学的視点からお話しくださいました。 (2017年11月23日(木)、早稲田大学で行われた講義「きもの学」での立命館大学経営学部・吉田満梨准教授による「きもの市場とその変化」の内容を逐語訳したものです。)

立命館大学経営学部の吉田と申します、本日は宜しくお願いします。
私は専門としているマーケティングの観点から、きもの市場について考察しています。元々はきものだけでなく色々な製品や市場の分析を行っていましたが、私のゼミの学生と一緒に京友禅の製造問屋を訪問した際に、お茶のお稽古用に色無地を購入したことがきっかけできものにハマり、産地や歴史などを調べ始めたらキリがなくなっていったので思い切って研究対象にしました。研究を始めて4~5年目ですが、現在は経済産業省和装振興協議会の委員も拝命し、和装業界の商慣行をより良くしていくための取り組みができればと考えています。

また昨年(2016年)4月にこの早稲田大学きもの学のことを知り、自分の大学でもこういった授業を行いたいと考え、2017年度からきものゼミを開講しました。ゲストスピーカーにお越しいただいたり、和装の専門学園やメーカーを訪れて勉強を行ったりなど、30人ほどの少人数で学んでいます。

なぜきものは「衰退市場」に?

メディアでは「きもの市場は衰退市場だ」と書かれることが多いのですが、研究してみると決してそういった現状ばかりではないことがわかってきました。そしてまとめた最初の研究報告書が、「きもの関連市場における新たなセグメントとその特性の分析」です。今回はその内容を基にお話しいたします。

研究を始めた当初、きもの業界に対してある違和感を覚えました。業界の方は「戦後洋装化が著しく進んだので、ライフスタイルに合わないきものが売れないのはしょうがない」とか「消費者に対して色々な取り組みはしているけれど、消費者の欲しいものがわからない」と仰っていたのですが、私にはきものを好きな方が増えているのではないかという肌感覚がありました。私自身きものに新しくハマったユーザーですし、周りにも同世代でそういう人はたくさんいました。夏祭りでゆかたを着るのは今や定番ですし、今は呉服屋さんできものを買わなくても、大学生でも買えるくらいの価格のリサイクルのきものを扱うお店も増えています。

結論から言うと、これからきもの市場は伸びると考えているのですが、そもそも何故この市場は現在、衰退市場と言われるようになったのでしょうか。
きものの市場規模は、「2兆円産業」と言われていたピーク時の約1.8兆円から現在は約2800億円まで落ちています。商品としてのきものの消費スタイルは、和装での結婚式や成人式の振袖など、晴れ着のイメージがありますよね。しかし昭和47年(1972年)一般家庭の写真を見てみると、お父さんと旦那さんはスーツを着ていますが、女性の方々はきものを着ています。アニメのサザエさんでも、波平の奥さんのおフネはきもので過ごしているように、それが一般的な生活スタイルでした。

高度経済成長期には京都の西陣という帯の産地で「ガチャ万(ガチャンと織機を動かしたら一万円入ってくる)」という言葉ができるくらい、作れば作るほど儲かるような産業だったのですが、1972年にはその生産・供給数量が頭打ちになり、1970年代以降は減少していきます。その要因は、インフレによる労働集約型の和装産業の賃金上昇、海外からの織物輸入の増加、1974年の生糸の輸入一元化措置による原料価格の高騰などで、安く作れなくなったからです。日常品としてたくさん作ってたくさん売るのが難しくなった結果、きものは一点一点に高い付加価値をつけ、良いものを良い場所に着るようにしよう、とフォーマル化していきました。ちょうど日本が高度成長期の真っただ中で、今日より明日は経済が良くなっているという期待の下にどんどん良いものを所有するという、所得の上昇とニーズに上手くはまった売り方です。高付加価値化とニーズの多様化・高度化から、きものに色々な染めや刺繍の技法が施され、非常に手間暇かけて作られるので、結果的に商品としての値段も上がります。

こちらは総務省による「家計調査」という統計データから作成した、きものの世帯あたり年間支出数量と金額の推移グラフです。1985年からしかデータが揃えられなかったのですが、右肩下がりになっているのがわかります。左が支出数量で、一つの家庭がきものを年間で買う数が減っているということです。右が一つの家庭がどのくらいきものにお金を使うのかを示していて、1991年のバブル崩壊の年にピークを迎えています。バブル経済下ではきものを着る人は減り、日常生活からは離れていったかもしれませんが、業界としてはかなり良い時代だったのでしょう。

この時期にきものの価格が上がっていったのですが、先ほど述べた高付加価値化だけではなく現在でも課題として認識されている、メーカー・卸業者・小売業者の流通段階での価格上昇も要因のひとつでした。生産数量が減少したことで、それぞれが儲けを確保するためには、どうしても一点あたりのマージン率が上がらざるを得なかったのだろうと考えられます。職人が一点一点手作りするような場合は特にそうですが、きものという製品は多品種・少量生産です。作り手の職人は、ほとんど家内工業のように小規模で仕事をされていて、基本的にメーカーから直接小売店や消費者に販売はしません。そういった事業者を上手く集約しながら製品を流通させていくので、多段階の流通工程になりがちです。

またきもの業界には、メーカーや作り手側がブランドを作りにくい経緯があり、実際にブランドになるのはきものを販売する小売店でした。もちろんその理由として、小売店の提供しているサービスが素晴らしいからというのはあります。普段皆さんがファストファッションを買いに行ったら、気に入ったものを自分で選んで買って終わりですよね。しかしきものの場合は、どういうシーンで着るのか、既に持っている帯や小物とどう合わせたらいいのかなど、お店の方に相談しながら決めますし、自分の身体に合わせて仕立ててもらう必要があるので、小売店が担うべきサービスの比率がかなり高い製品なのです。そのためメーカーが「この定価で販売してください」と言うのは難しく、それぞれの小売店でサービス内容が違うので、同じメーカーの製品でもどこの店で買うかによって販売価格が大きく違っていました。

悪循環を生む商慣行

さらに1960年代の作れば売れる時代にできた「委託販売」という独特の商慣行取引も、価格を上げた一因です。「富山の薬売り」をご存知でしょうか。江戸中期に富山で始まったとされる家庭薬の販売法で、薬の入った箱を顧客の家庭にそれぞれ置かせてもらいます。そしてお客様がその箱の薬を使ったら、次に訪問した時にその分の代金を貰い薬を補充していく。商品を先に預けておいて使った分だけ支払ってもらうわけですが、これと同じようなやり方が委託販売です。小売店が商品を買って仕入れるのではなく、借りて店に置かせてもらい、それが売れた時に代金を支払う。もちろん売れ残ってしまったものは買い取る必要はなく、返品されます。

この委託販売にはメリットもあって、小売店は代金を払わずに、在庫リスクの負担なくたくさんの商品を揃えることができます。また小売店に商品を供給するメーカーや卸業者にとっては、置いてもらえれば売れていく時代には、小売店に多様な商品の取り扱いを促進することで売れ筋以外の商品の販路が容易に拡大でき、売れ残り商品の「投げ売り」による値崩れも防ぐことができました。

委託販売は極めて合理的なシステムですが、デメリットもあります。小売店は買い取りで仕入れたものならば、売れないと赤字になるので頑張って売りますが、借りてきたものだったら売れなくても返品すればいいので、一生懸命売らなくなってしまう。またメーカーや卸業者から色々な小売店に流通しているので、品揃えが被るかもしれないし、本当に売れるものを見極めて仕入れようという目利きも必要なくなるので、マーチャンダイジング(商品計画、品揃え計画)力も低下します。

対してメーカーや卸業者にとっては、売れずに返品されて戻ってきた商品がだんだんと、不良在庫と言われる、いくら持っていても売れない在庫になってしまいます。小売店は買い取りしたものと借りたものがあれば前者を優先して売るので、ますます困ってしまうわけです。さらには小売業者が買い取りで仕入れればメーカーも「これが売れ筋なんだな」とわかるのですが、それが借りられたもので、半年後にやっと売れたものだとすると、何が売れ筋なのか把握しにくい状態に陥ります。

この委託販売がどうして価格上昇に繋がるのかというと、今説明したように卸業者やメーカーにとっては返品リスクがかなり大きいので、そのリスク負担分も考えたうえで卸価格を付けないといけないからです。リスクが大きい分だけマージンも大きくならざるを得ず、それが最終的に消費者への小売価格に反映するケースも起こります。
この商慣行はかねてから問題視されており、何とかしようという動きは色々なところでありました。例えば繊維メーカーの東レによる絹のような肌触りのポリエステル「シルック」の開発や、1980年代にブームが起きた化繊で安価な「ニューキモノ」など、もっと安くて使いやすい素材の開発や低価格きものの展開です。また前売り問屋では、最初に妥当で標準的な小売価格を設定し、そこから逆に商品を作ろうという運動を、小売店は価格を抑えたオリジナル商品の開発を試みたのですが、結局商慣行の改善は上手くいきませんでした。

消費者はきものが「分からない」

私が研究をして最初に思ったのは、きもの市場は非常に悪循環な構造になってしまっている、ということです。

生産数量が落ち、それを単価の上昇によってカバーしようとフォーマル化・高価格品に生産を集中した結果、きものは日常着ではなくなり晴れ着として、結婚式やセレモニーの場で着られるようになったのですが、そうするとさらに良くないことが起こります。普段着ないがために消費者のきものの知識やスキルがどんどん下がり、さらにはきものを着るのに何を買ったらいいのかもわからない状態になっていったのです。通常なら消費者の知識が低下してきものが益々売れなくなって大変だ、と改革がなされるはずが、実際にはそれによって益々高いきものが売れるようになっていく、という事態が起こってしまいました。

これは消費者の心理としてよくあることで、色々なことを熟考すべき大事な消費で、かつ消費者の知識が低い場合は、価格を品質の代理指標にしがちであることが知られています。
例えば、彼女をイタリアンのお店に連れて行ってプロポーズをするという勝負の日だとします。彼女がワインを好きだというのはわかっていて、彼女が好きなワインをオーダーしたいけれど、自分にはワインの知識がない。ワインリストには3,000円、5,000円、8,000円の価格が並んでいる。このような時、人は自分に知識がないものに対して、おそらく価格の高い方が良いものなんだろうと考え、大事なシーンであればあるほど高いものを購入する傾向があります。おそらくバブル崩壊前のきもの市場でも、同じことが起こっていたのではないでしょうか。

もちろんその背景には経済が上向きで所得が上昇していたことや、先に述べたように小売店が値付けをする構造のため定価がなかったことがあります。実際にこの時代に呉服の販売をしていた方に聞くと、30万円の帯が何回も売れ残るので値段を100万円に変えてみたらすぐ売れた、なんて噂があったそうです。しかしこの悪循環とも好循環とも言うべきビジネスモデルはバブルと共に崩壊しました。

何年か前に経済産業省が一般の消費者を対象に行った「きものを着たいか」のアンケートでは、20代のかなりの方がきものを着たがっているという結果が出ています。

一方こちらは消費者の思う「きものを着用するにあたっての問題点」のグラフで、まず着付けができないというのは納得ですが、注目したいのは「価格がわかりにくい(販売価格、最終仕立上価格が表示されていない)」、「価格が高い」、「商品価値にあった価格設定になっているのかわからない」の3項目です。いずれも価格の問題で、着付けだけではなく価格に対する不安や不満が、きものを買って着ることのハードルになっているのだと判明しました。

そして現在この結果も踏まえ、きものの流通のわかりにくさや非効率性を改善するための取り組みが経済産業省主体で始まり、2017年5月29日に「和装の持続的発展のための商慣行のあり方について」という17条の指針をまとめました。それに対し和装業界の各組合や組織が賛同し、全体で協力しながらサプライチェーン(流通工程)を変えていこうとしている段階です。こういった流れが浸透していけば、先に挙げた問題は様々な形で回収されていくだろうと期待をしています。

新しいきもの市場

ここまできもの市場が衰退した経緯をお話ししてきましたが、私が本日皆さんにお伝えしたいのは、これからきものの市場は成長するのではないか、ということです。数字としてはまだ表れていないのですが、そう考えられる理由は2000年以降のきものユーザーの変化にあります。

この図は市場規模の変化をグラフで表したものです。あえて年号を入れていませんのでイメージ図として見てください。先ほどお話をした過去の高価格化・フォーマル化したきもの市場は第一の製品ライフサイクル(実線のグラフ)で表現されていて、ピークの1980年~90年から現在では急落しているため、衰退期とされています。この衰退の勢いがあるとわかりにくいのですが、その中で新しいきもの市場が形成されつつあり(点線のグラフ)、今がその導入期だと考えています。過去のピークには及ばないかもしれませんが、おそらくきものは今後もっとたくさんの人が着るようになって、もう一度市場規模が拡大し、今よりずっと市場が良くなるはずです。

その根拠は、2000年を境に、消費者の環境に大きく分けて二つの変化が起こったことです。一つはインターネット利用の普及・慣習化、もう一つはたんすからのきものの放出をきっかけとしたアンティークきものブームです。高付加価値化の時代にフォーマル品として購入されていたきもの、例えば訪問着や留袖は、ひとつの持つべき資産と考えられていました。女性がお嫁に行く時にはご両親がきものが詰まったたんすを用意し、花嫁道具として持って嫁いでいったのですが、実際にはきものを着るシーンが減り、持っていても着る機会がありませんでした。

しかし2000年を境にきものリサイクルショップが登場し、そこへたんすに眠っていたきものが放出されたのです。さらに、昭和初期や大正に作られた奇抜な色柄のアンティークきものが、若い女性たちに好まれ消費されるようになっていったのもこの時代です。同時期に雑誌の『七緒』や『KIMONO姫』も創刊され、きものを普段着として楽しむことを提案するユーザーも出てきました。

七緒

KIMONO姫

この二つの環境の変化は、ウェブを介した消費者の知識の向上と、自由なファッションとしてきものを着用するスタイルをもたらしました。私がきものを始める時にすごく困ったのはコーディネートの仕方です。例えば大島紬を買ったものの、どういう帯を合わせたら素敵なのかがわからない。しかし今はこの問題はほとんど解消されていて、Googleの画像検索で「大島紬 帯」とか「大島紬 コーデ」と調べれば、物凄い数の組み合わせが出てきます。その中から自分が素敵だなと思うものを選んで真似すればいい。

さらに先の経産省のアンケートで着付けが課題となっていましたが、現在の新しいユーザーはYoutubeなどの動画サイトを利用して独学で着付けを学んでいたりします。価格のわかりにくさに関しても、この商品は本当にこの値段で妥当なのかな、とネットで検索してみれば、同じような商品が他の店だといくらで売られているのかが簡単に比較できます。
最近だとInstagramにもたくさんきもののコーディネートがアップされていて、写真だけでなくどこの商品なのかという情報も投稿されているため、自分の好みに合ったアイテムや店を簡単に探せるようになりました。「きものはこういう形でなければいけない」とここ何十年言われていたけれど、実はそうではないんだ、と自由な着方を再発見し始めていきました。

きものの価値はひとつではない

2000年以降の市場の変化として、ユーザー主導のきもの価値の創造が挙げられます。2015年にGLOBEという朝日新聞の日曜版で「着物に明日はあるか?」という特集が組まれたのですが、これはネガティブな記事ではなく、自身もきものユーザーである記者がきものについて深く取り上げたものです。同じように情報発信力のあるユーザーが男きものの本を出版するなど、元々は普通のユーザーが積極的にどんどん新しい情報を発信し始めています。
それはネット以外でも見受けられ、キモノジャックと言われるイベントもそのひとつです。きものを着るシーンがないという課題を面白く利用していて、主催グループがTwitterやFacebookなどのSNSで情報共有して、「何月何日の何時にこの街に集合して、この場所をきものを着た人だけで埋め尽くそう!」というイベントをゲリラ的に行っています。また元々きものメーカーではない一般のユーザーが、新しくきものを開発したいとインディーズレーベルのような形で自分のきものブランドを作った事例もありました。

こういった変化を踏まえ、私が行ったユーザー調査について説明していきます。まずきもの関連事業者へのヒアリング調査、きものユーザーへのインタビュー調査、パイロット質問紙調査を行い、その結果をグラウンデッド・セオリー・アプローチという方法で言葉として集約、さらにそこから質問紙調査の設計をしました。そして「きもの好きの人物イメージ」、「きものに対する考え方」の項目で設問を用意し、きものの魅力としてどんなことに共感するか、をきものユーザーに回答してもらいました。
測定項目の例を挙げると、きもの好きの人物イメージに関する項目なら「粋な人・江戸っ子」と「はんなりした人・京女・京男」、「時間にゆとりのある人」と「忙しい人」といったように、逆の項目を組み合わせてどちらがイメージに近いか答えてもらう形式です。約300人のデータを集めました。

2000年以降の市場の変化として、ユーザー主導のきもの価値の創造が挙げられます。2015年にGLOBEという朝日新聞の日曜版で「着物に明日はあるか?」という特集が組まれたのですが、これはネガティブな記事ではなく、自身もきものユーザーである記者がきものについて深く取り上げたものです。同じように情報発信力のあるユーザーが男きものの本を出版するなど、元々は普通のユーザーが積極的にどんどん新しい情報を発信し始めています。
それはネット以外でも見受けられ、キモノジャックと言われるイベントもそのひとつです。きものを着るシーンがないという課題を面白く利用していて、主催グループがTwitterやFacebookなどのSNSで情報共有して、「何月何日の何時にこの街に集合して、この場所をきものを着た人だけで埋め尽くそう!」というイベントをゲリラ的に行っています。また元々きものメーカーではない一般のユーザーが、新しくきものを開発したいとインディーズレーベルのような形で自分のきものブランドを作った事例もありました。

併せて、現在のユーザーが年間あたりどれくらいきものにお金を使っているのかも調べたのですが、平均が86,462円でした。きものユーザーの方々と言えど、ほとんどが年間10万円以下です。和服以外の洋服の年間世帯平均が78,084円なので、それより少し高いくらいですね。一番多い人で年間150万円以上で、きものに年間15万円以上使っている人たちはあまり多くありません。またこの方々に、年齢・性別による有意差は特にありませんでした。

一口にきものユーザーと言ってもいろんな方がいて、各々が考えているきものの魅力も多様だったので、それを整理するためにいくつかの分析を行います。まず着用頻度と支出金額には、それぞれどういった項目や魅力が関係しているかを調べました。それによってきものを普段着のおしゃれとして考えている人はたくさん着ること、きものをオーダーメイドとして考えてそれに魅力を感じている人はお金を使うことなどがわかったのですが、これらの結果を因子分析にかけ、様々な項目をグループ化しそれをまとめている要因を抽出します。

それがこの表で、大きく分けると第1~3はきものを着る人のイメージに対する因子で、第4~6因子はきもののどういう所を良いと思っているかに関する因子です。さらにこの抽出された6つの因子がきものの着用頻度、支出金額とどういう関係性があるかを重回帰分析(ある事象にどの要因がどの程度影響しているのかを調べる分析)で調べてみた結果、着用頻度にプラスの影響を与えているのは、第4因子の「洋服以上にコーディネートを楽しめる日常的なファッション」という価値であることがわかりました。一方で、それとお金を使うかどうかは別であり、年間の支出金額にプラスになっているのは第6因子の「自分専用に誂えて着こなすこだわりの衣服」という価値だとわかりました。

少なくとも今の分析で明らかになったのは、様々なきもののユーザーがいる中で、きものの価値は決してひとつではないということ、つまりは新しい市場創造の可能性です。例えば寿司の場合、回転寿司と回らない寿司屋とがありますが、基本はそれぞれの良さがあると考えられていますよね。人によっては回転寿司が好きでしょうし、逆も然りです。しかしきもの業界は今まで、この部分を一緒くたにしてきていて、ユーザー間でも日常的なファッションが好きな人と、誂えて着こなすのが好きな人は、お互いを否定する傾向にありました。

日常派の人はアンティークのような個性的なきものが好きで、呉服屋ではそういったものがないから別のショップに行く。一方、呉服屋でお誂えのきものを買う人たちは、日常派の人が好むものをきものと言っていいのか、と考えていたりするんですね。ここは折り合いが悪くお互いのことを否定しがちなんですが、アンティークやリサイクル、レンタルのきものといった気軽なきものは着用頻度の増加に非常に貢献しますし、一方で回らないお寿司のようなきものの良さがあることも事実です。

また着用頻度と支出金額の両方にプラスに影響する、「きものについて相談できる人・お店を知っていること」という項目があり、そのような人ほどたくさん着てたくさんお金を使うとわかったのですが、調査においてこの項目でイエスと答えた方は30%しかいませんでした。ユーザーの過半数がきものについて、行ったことがある店も含め、相談できる場所がないと考えているのです。

参考として、実際のスタイルをご紹介します。

JOTARO SAITO
「JOTARO SAITO」は、2017年4月にオープンした銀座SIXに直営店を出しているブランドです。東京コレクションなどのファッションショーも頻繁にやっていて、そこでかなりハイ・ファッションなイメージの、今までに無かった形のきものを提案しています。

KIMONO by NADESHIKO
<20~30代女性をターゲットにした「KIMONO by NADESHIKO」は、ベレー帽やショールなど洋服のアイテムとの組み合わせも提案しています。

WA・KKA
京都のメーカー「WA・KKA」は、日常的なおしゃれ着として楽しんでほしいという気持ちから、100%ポリエステルで手入れのしやすい安価なきものを作っています。

ではもうひとつの価値である「自分専用に誂えて着こなすこだわりの衣服としてのきもの」はどんなものかというと、イメージは先ほど例えたように回らない寿司屋です。スーパーのお寿司や回転寿司であれば決まりきった形のものを安価で提供してくれますが、回らない寿司屋は私の好みや希望に合わせて好きなものを握ってくれますし、きめ細かいサービスもしてくれる。きものも昔はほとんどこういった作られ方と買われ方で供給されてきました。

個人的な話ですが、私がきものにハマったきっかけでもある初めてのお誂えの色無地は、卒業論文のために学生と取材に行った京友禅の老舗メーカーのアンテナショップで作りました。きものは単にサイズを測って仕立ててもらうだけかと思っていたら、実際はお店の人と相談しながら白生地を選ぶところから始まります。私がどういうシーン・スタイルできものを着たいかに合わせて、モダンから古典まで計30種類以上から白生地の柄を選び、100色以上の見本帳からどの色に染めるかを決め、さらに八掛というきものの裏地の色も選びます。このように細かに希望を指定し自分サイズで誂えてもらうというのは、私にとって非常に新しい経験でした。

1960年代以降のきものがたくさん売れるような時代には、とにかくたくさん作ってたくさん売るべく、メーカーが作ったひとつのデザインをたくさんお店に並べて買ってもらうといった現在の洋服と同じスタイルが広まっていき、このカスタムオーダーも減っていきました。しかしお誂えできものを作るお客様は現在もいて、そこに力を入れている小売店が伸びているとも聞きます。

京都に、在庫も店舗も持たない、完全にお誂えだけを受けている呉服屋があるのですが、どういう柄のきものにするか、お客様の話を聞いて一枚一枚デザインを起こしています。例えばヨーロッパ人の彼と結婚して現地に嫁ぐために一枚きものを持っておきたいというオーダーが入った時は、その方の現況や長崎出身であることから、昔から友禅の柄であった長崎出島の柄や南蛮船をモチーフとしてデザインを起こしたそうです。それならパーティで着用して関心を持たれた時に「実はこの柄にはこういう意味があって」と話すこともできる。決して安い買い物ではないですが、その人にとって一生思い出になって着られるきものを、完全なお誂えで制作されています。実はそちらは若い方がやっているベンチャー企業で、この他にも新しい事業者が出てきています。

多様化するきもの市場

ここまでが私が2013年に行った調査で、きものには多様な価値があってそれぞれを伸ばしていくことが必要ではないか、という結論に至りました。私はマーケティングが専門なので、この話の前提の考え方について確認します。 マーケティングは、企業がモノを売るための活動だというイメージを持っている方が多いと思いますが、皆さん個人としても使えますし、売るためだけのものではありません。自分と違う価値観を持つ人に対して、自分が良いと思っているモノを提供して取引を成立させる時の関係づくりに使われる様々な活動のことをマーケティングと言います。価値があるから消費者はモノを買いますが、その価値はひとつではない、というのが私の考える前提なんですね。

例えば自動車の価値は、もちろん快適に移動ができることですが、もしそれだけだったとしたら別に普通車ではなく軽トラックでもいいかもしれません。しかしある人にとって自動車は自分の好きなスタイルや社会的なステータスを示す手段であり、走るのが好きな人は走行性能がもたらす爽快感を車に求めています。このように私たち消費者はそれぞれ違ったニーズを持っているので、ある製品が持っている価値はひとつではないことを前提にしているのです。きものもそうじゃないか、という考えが先の分析の前提にありました。

具体的にどうマーケティングを進めるかというと、その前提に立ったうえで、最初にセグメンテーション(分類)を考えます。ユーザーによってニーズが違うので、同じニーズを持っているユーザーを消費者群(市場セグメント)に分類します。その中からどういったニーズのセグメントを対象に関係を築くか決めることをターゲティング、その対象になっているお客様に、自分の提供しようと思っている製品の価値をどういう風に位置づけるか定義することをポジショニングと言います。

これをきものの市場で考えてみましょう。お誂え派が日常派の好むきものを「あれはきものじゃない」と感じてしまうように、きものとはこういうもの、といった一つのイメージが根付いていた時代もあったと思いますが、今はそれが多様化してきているので、お客様それぞれがきものに求める価値は違ってきます。セグメンテーションは、きもの市場全体を何らかの基準によって分けることですが、その基準というのは何でもよくって、お客様のニーズが分かれるんじゃないかと考えられるものをセグメンテーションの基準として使います。

この図は私の作ったきもの市場のセグメント図です。きもの市場内の人口構成比率は60代以上が約40%、50代以下が約60%なのですが、50代以下の方はネットを利用して情報収集をするためそこでニーズが異なるのではと考え、年齢という基準で分けています。さらに数年に1回以下、結婚式などセレモニーでしか着ない方が約88%、日常的とまではいかないまでも年に1回以上着る方が約12%と、ここでもきものに求めているものが違うと思われます。

また先ほどのように、単にファッションとして着たい方と良いものを晴れの場で着たいと思う方のニーズも違う。こういった形で市場を分けていくことができます。更にこのセグメントはユーザーが高齢化したり、アンティーク品が流通して日常的に着られるものが増えていくことで動いていきます。そもそも市場規模が変わってくるかもしれないし、少なくともそれぞれ分けて考えた方が良いでしょう。

ターゲティングはこの図のどこを自分が対象にするのかを決めることです。三つ目のポジショニングは、消費者の頭の中で、他の様々なきものや代替品に対して自分の提案する商品をどういう位置づけに置くのか、結果としてそれが他の提供されている様々なきものとどういう違いが出せるのかを定義します。製品差別化と言ったりしますが、これらを考えると同じきものの中でも、色々な形で位置付けができますよね。決してこの図が正解なのではなく、こういう風に考えられるというひとつの枠組みです。

こちらは現在の市場をカテゴライズした図です。きものは1980年代に高付加価値のこだわり品としての市場が伸びたという指摘をしましたが、そうした商品は日本人の晴れ着として着られてきました。今までのきものの価値は結局そこが強く打ち出されてきたのですが、現在は成人式の振袖といった晴れ着の高いきものはレンタルでいいんじゃないか、という風潮になり、サービス産業化しています(4つの象限の右上)。一方大島紬という高級な普段着のきものの産地である奄美大島で行われている成人式では、一般的な振袖ではなく大島紬を着ている方が多いです。

図の左上は「普段着の高付加価値品」で、大島紬含め高級な織りのきものを愛用する人たちが今もかなりいらっしゃいます。これは吉田茂元首相の写真でして、サザエさんの波平さんは商社で働いている時はスーツを着ていて、家に帰ってくるときものに着替えていますよね。吉田首相が在任の時代はそういう方が結構いたんです。私の知り合いで何十万とか百万円近い結城紬という普段着のきものを誂えて着ている方がいるのですが、着るたびにその肌触りが素晴らしいらしく、毎日そのように感動するものを着られるんだったら100万円は決して高くない、と言っていました。

下側は「カジュアルで手軽な製品」という軸で、何年か前に「イギリスできものが大流行」というニュースがネットを賑わせたのをご存知でしょうか。当時何のことかと思って見てみたら、イギリスで展開するファストファッションのメーカーがKIMONOという名前の製品を発売してたくさん売れたとのことでした。

袖が大きくて羽織って紐で結ぶ形のトップスをそう名付けたんですね。こういった形で外国の方にきものが認知されていくというやり方もあるのかなと。右下は「Y. & SONS」という神田にお店を出している男性きものの専門店がスーツの生地でつくったきものです。スーツの生地なのでスーツと同じような手入れが可能ですし、ハットや革靴とのコーディネートを洋服と同じように楽しめます。

改めて、私のマーケティング研究者としての結論ですが、過去きもの市場が大きく成長し、衰退市場と言われている現状から、新しい市場が創出されていくと考えています。それは過去のビジネスモデルのような大きいピークがもう一度起こるということではなく、新しいきものの価値を提案する事業者が今までよりもたくさん出てきて、より多くのユーザーが様々な楽しみ方できものを愛好するようになっていくような市場です。つまり、多様化した市場が複数存在するようになり、結果としてきもの市場全体が今よりも豊かに大きくなっていくというビジョンです。私はそういった事業者の方を支援するような仕事をできたらいいなと思っています。この和装業界においてイノベーターとして活躍してくれるような、新しい取り組みをする方が一人でも生まれてきてほしいと期待しています。