「いけばなときもの」出版によせて

華道家元池坊の次期家元 池坊専好氏と弊社会長 矢嶋が、日本の美意識について対談した書籍「いけばなときもの」(三賢社)が、2017年5月19日(金)に全国主要書店にて発売されます。出版によせて、著者のふたりが対談に至った背景や、暮らしを彩る植物の恩恵について、じっくりと語らいます。(2017年4月)

矢嶋:今回、華道家元池坊さんが歴史に刻まれて555年を記念し、「いけばなときもの」という本をご一緒に出すことになりました。池坊さんはいけばなという立場、私はきものという立場で何回もお話をしてきましたが、ご自分のお話しされたことが本になってみて、いかがですか?

池坊:率直に嬉しいですね。今まで早稲田大学の「きもの学」という「きものの森」財団の寄付講座で、いけばなを通して見たきものや、共通する美意識について話をしてきました。私もきものが本当に好きなので、いろんな所できものを着て、いけばなだけでなく日本の伝統文化のサポーターでいたいという想いで活動してきましたが、なかなかそれを形にまとめることはなかったんですね。
講演では聴講された方にしかお伝えできませんが、本となることでその枠を越えて、これまで伝統文化に接点のなかった若い世代の方が手に取って下さったら嬉しいです。

矢嶋:本の中では触れていませんが、この本が出るきっかけのひとつは早稲田大学の「きもの学」で、池坊さんにはいけばなの実演を含めもう5年も学生たちに講義をしていただいています。
それからもうひとつは、昨年弊社の新入社員研修で池坊さんに講義をお願いしたことです。そこで私が前座で話をしまして。
その原稿を書いている時に、実はいけばなときものには思った以上に共通項があって、それはお茶や他の日本文化にも繋がる日本の美意識じゃないか、と気づいたところから始まったんです。これまでの流れの中で、必然的にこういう本が出来たのかなと。

池坊:そうですね、私も本当にそう思っていて。私自身も「きもの学」の講座を通して、自分なりのいけばな観やいけばなときものの共通性について、じっくりと練り、熟成させてきたという背景があります。
私と矢嶋さんはそれぞれ伝統文化を担う立場にいますが、今文化を愛してくれている既存の人たちだけに留まらず、伝統文化の魅力をまだ知らない人たちに発信したい、もっと何か伝えることはできないか、とお互いに考えていました。
その目指している方向性に共通する部分があったと思うんですよね。ですからそれぞれの想いや活動が相まってようやく一冊の本として、世に問うというと大げさですけれども(笑)、外に出せたのかなと思っております。

矢嶋:今回の対談では、きものといけばなに共通する美の世界を見ることができました。また、母が生前いけばなをやっていたこともあって、子どもの頃目にはしていたけれど、実際に自分ではいけたことはなかったんです。
だからいけばなに対して特別な知識がなかった分、非常に素直にそれを教えてもらえました。この本は入門書としてとてもわかりやすいのではないでしょうか。

池坊:どちらも型があるじゃないですか。いけばなは「七五三」で床の間に置く、という昔からの型、きものは衿を合わせて帯を締めて着るという型。ですが昨年やまとさんの新入社員研修に行って、社員の方々が自由にきものを着ていることに驚きました。
例えば帯締めをベルトにしてみるとか。皆さんが型を守りつつもいろんなアイディア・創意工夫を凝らして、伝統的な世界に新しい自分の感性や時代の息吹を吹き込んでいらっしゃったんです。そういう部分もいけばなと凄く似ているなと思って。
いけばな池坊も555年続いてきたのは、単なる伝統で昔のほうが良かった、ということではなく、その時代を生きる人々に支持された「現代文化」だったからだと思うんです。その当時の人が見て「カッコいい」とか「これいいね」とか。
伝統文化は長い歴史があるからこそ、今とても豊かに羽ばたける可能性があるんだなと感じて。その魅力もお伝えしたかったんですよね。この本の中にそういう気配を少しでも感じ取っていただけたらいいなと思います。

矢嶋:タイミング的にも良かったと思うんですよ。きものも、戦争が終わり、1959年の皇太子ご成婚をきっかけに訪れた婚礼きものブームと、1970年前後の団塊世代の成人式に合わせた振袖ブームによってきものが極端にフォーマル化されていた時代から、この15~20年、特に2000年代に入ってから随分変わってきて。手軽に着られる、もっと自由なカジュアルきものがどんどん出てきました。
そういう流れがあったから、伝統文化の可能性について話ができるようになった。
ちょうど先日華道家元 池坊のホームページを見ていて驚いたのですが、「IKENOBOYS」の大デビューがありましたよね。
それも時代にぴったり合っていたんじゃないかなと。本にも書いてありますが、女性が良妻賢母教育の一環でお花を教わるようになったのは明治12年からで、それまではほとんど男性だった。
それを知らない人もたくさんいる。そして、いけばなは女性のもの、と考えられたのが戦後から現在までです。それが100年以上経った今、再びIKENOBOYSが出てきたわけですよね。

IKENOBOYS

池坊:そうなんです。映画「花戦さ」でもお坊さんや町衆が花をいけるシーンがたくさん出てきますけれど、そこでいけているのはやはりほとんどが男性で。もちろんその時代と今とでは社会環境は違いますが、私は逆にビジネスマンや男性にこそ、花をいけて心をリラックスさせたり、いけばなから取捨選択を学んだり、そういうゆとりや教養が必要だと思うんですね。
でも今の時代、とっつきやすくて手軽じゃないとなかなか敷居が高いと思われます。限られた時間の中でいかに自分たちのものにできるかが求められているので、いけばな本来の姿をわかりやすく、カジュアルな形で提示したのがIKENOBOYSなんです。宗匠や年配の立派な先生もたくさんおられます。
IKENOBOYSはその方々と比べると経験は浅いかもしれないですが、20代30代の若い感性で見た彼らなりの伝統文化やいけばな像がある。いけばなは止まってじっとしているだけではなく、ライブに活かしたり音楽に合わせていけたり、そういうこともできるんだ、といういけばなのまた違った魅力を、彼らならではのパフォーマンス性を持って伝えてくれるのを期待しているんです。
この頃はデモンストレーションをするというと、「IKENOBOYSは出ないんですか、見てみたかった」というお声も挙がるくらいで(笑)。少しずつでも浸透していってくれているのかなと。

矢嶋:若いイケメン集団なのに、皆さん華道歴が長いですよね。19年されている方もいらっしゃる。

池坊:そうなんですよ。小さい頃からやっている方たちで。いけばなの先生もいますが、本職は学芸員や大学生、フォトグラファーの方もいます。いろんな仕事をしつつ、伝統文化の中で生き、それを楽しんで自分のプラスにしている人たちなんです。こういう伝統文化との関わり方もあるんだな、こういう生き方もあるんだな、と皆さんが思ってくださったら嬉しいです。

矢嶋:IKENOBOYSはどなたが命名したのですか?天才的なネーミングだと思います。

池坊:ありがとうございます、実はうちの母が(笑)。若手の男性のグループをつくろうとした時に、あんまり難しい名前だと皆さん覚えられないな、と。
じゃあせっかく池坊(IKENOBO) なんだからそのままYSをつけて「IKENOBOYS」にしたら、誰が聞いても忘れないしすぐ覚えていただける、シンプルが故に古びないんじゃないか、ということでこの名前になりました。「IKENOBOYSはどこからつけたんですか」ってよく聞かれます(笑)。

©2017「花戦さ」製作委員会

矢嶋:映画「花戦さ」でも、六角堂のすぐ脇で花をいけているシーンは全員男性でしたね。おそらく夏のシーンだと思うんですが、お坊さんたちが墨染の衣に汗を浮かべながら花をいけているのがとても印象的でした。

池坊:実は5月に岐阜で行う花展で「花戦さの世界展」というコーナーを設けるんですが、そこで「花戦さ」で織田信長が着た、長いマントを展示することになったんです。

矢嶋:織田信長の衣裳として伝えられているものはいくつかあるんですが、本当にそうだったかはわからないにしても、ビロードのマントのイメージが物凄く強いんです。イメージ的にはかなり史実に合っているんじゃないかと思いますよ。

池坊:時の権力者はああいう衣裳を着ていたってことなのですか?

矢嶋:織田信長は地球儀を持っていたという噂や、南蛮の宣教師たちと好んで会話をしたという話もあります。後から描かれたものかもしれないですが、南蛮から来た黒人をお供にしていたという絵も残っていて。おそらく彼は南蛮に対しては特に強い関心を持っていたのでしょう。

池坊:今でいう芸術舶来で、南蛮は当時の文明の最先端にいた方たちですよね。

矢嶋:織田信長は文明の吸収者だったから、ビロードマントの衣裳のイメージとぴったり合ってくるのかなと。織田信長の革新性、海外に対する開放性。それに対する秀吉の成り上がり的な明るさと自滅していく最後。そして家康のこれでもかというほどの質実剛健さ。絢爛豪華な戦国・安土・桃山時代から豊臣を経て、江戸に行くという、とてもわかりやすい流れだと思います。

池坊:そうですね。「花戦さ」でも岐阜城の織田信長のシーンや秀吉のシーンがあります。町衆や花をいけていたお坊さんがいたり、いろんな階級の人が映画に出てくるんですが、皆それぞれの身なりや服装に性格や環境が表れていて。それもとても面白いんですよ。

矢嶋:特に北野の大茶会のシーンは一番面白かったですね。

池坊:いろいろな人がやってきて、皆それぞれの環境にあった格好をして、器もひとりずつ違うものを持ってきて。そういう身なりや持ち物の違いも、ひとつの見どころになっていると思います。いわゆる信長らしい服装であったり、秀吉が金の足袋をはいていたりする一方で、千利休は茶道の人ですからとてもシンプルな服装をして、明確に性格とリンクしています。

矢嶋:映画の中で、「花の力」というのが出てきますよね。河原に倒れていた少女「れん」を連れて帰って初代専好さんが介抱し、蓮の花がポンっと開花する音で少女が回復していくというシーンです。
「いけばなときもの」のまえがきにも書きましたが、そういう花の持っている不思議な力を私もとても感じています。それが、時の権力者に対しても同じように通じる、というのが今回の映画のポイントだと思うのです。
個人で誰かを大切に思う時の、ささやかで庶民的なものであった花が、権力者である信長や秀吉、前田利家に対して働きかけていくという大きなスケールに変わっていく。でもそこに通じているのは、相手が誰であっても、変わらずに花は花であるということ。そういうメッセージを強く感じました。

池坊:そこはとても面白いところで、深いメッセージがありますよね。また、例えば信長の前でいけたときは彼が権力を得て勢いのある時で、それを松の枝ぶりで表現したり(岐阜城の大砂物)、花菖蒲を「勝負」という言葉にかけて武運を祈ったり、秀吉が猿と言われたことから、猿が野山を自由に駆け回っているいきいきとした姿と松を重ね合わせたり(前田亭大砂物)。
武将のその時の姿と、花材の選択やいけ方などのテクニックが全部密接に関係しあっているんです。一輪の花が持っている、花そのものの素朴な力に、いける人の願いや相手の状況などが加わって、より力が増してひとつの作品になっていくという醍醐味もあると思います。

前田亭大砂物(2012年復元)

矢嶋:相手に合わせて、状況に合わせて、ひとつの花のしつらえにあそこまでこだわるんだということが、とても勉強になりました。特に枝ぶりのところに花をいけているシーンはとても印象的ですね。すごく現代的に感じました。

池坊:私もそう思いますよ。4月にいけばな展が京都の六角堂であったのですが、そこでみんな“「花戦さ」の世界観”をイメージし、「花戦さ」で使われた時代の花をいけたんです。
私も、枝の中に花をたくさんいけているシーンをモチーフにして、いろんな種類・色の花をいけました。あのシーンはいけばなの持つ多様性や、ひとりひとりの命を輝かせるといういけばなの精神と、北野大茶会のコンセプトが合致した表現だったと思います。

矢嶋:入りやすさ、というのもこれからはとても大切ですよね。先ほどのIKENOBOYSも入りやすさという意味で大変重要だと思いました。

池坊:ありがとうございます。皆さんそれぞれに個性のある方たちなので、これから頑張ってほしいです。

矢嶋:「花戦さ」という映画によって新しいいけばなの入口を開いたことや、IKENOBOYSの活動のように、どのように伝統を守りながら分かりやすくしていくか、入りやすくしていくかという努力は常に必要ですよね。
特に今は若い人たちがいけばなやきものに関心を持っているからこそ、どのようにこちら側からメッセージを出していくかがとても重要だと思います。

池坊:きものにしてもいけばなにしても、長い歴史と伝統がありますよね。でも長い歴史があるということは、時としてその歴史によりかかってしまうというか、甘えてしまう危険性があります。 だからこそ中にいる人間は、常に外から見た時にどう見えているかという客観的な目を持ちながら、今を生きる人に発信していかなければならないと思うんです。
例えば創業300年の歴史があるお菓子屋さんなら、もちろん創業○○年というのはそれだけ続いてきたというひとつの保証であって、品質への担保になりますよね。
でも現代の人から見て、「これ可愛い」「これおいしい」というのがなかったら、いくら歴史が長くたって続かないわけでしょう?きものもいけばなも一緒で、現代の人が自分から縁遠いものだと感じてしまったら続いていかない。
内部にいる人は、きものが好き、いけばなが好き、と思っているから、「こんなこと当たり前でしょ」「なんでこんなこと知らないの?」と感じてしまいがちです。ですが、いけばなやきものに興味はあるけれどまだよく分からない、という客観的で素朴なまなざしを常に大切にして、伝える努力を絶えずしていかなければなりません。

矢嶋:それはつくづく感じます。実は(2017年)4月1日に、今年の新作ゆかたを発表したのですが、売上点数が前年の1.2倍に伸びているんです。その最大の要因が、実はゆかたを購入された方の半分以上が「クイックゆかた」を買ってくださっているということです。

池坊:え、そういうものがあるんですか?

矢嶋:おはしょりを自分で作らなくてもよいゆかた、というのを作ったんです。きものやゆかたを着ない大きな理由のひとつが、着付ができないことでした。
だから2年前から構想を始め、100着近くサンプルを作り、何十人にもモニターとして着てもらってようやく完成したんです。
きものをよく着る、着付ができる方からの注文も多いことに驚きましたね。

池坊:それはそうですよ!いくらきものが着られる人だって、より早く、簡単に着られるに越したことはないですもの。状況に応じてパッと着たい、とか。

矢嶋:それでは実際に着てお見せしますね。

池坊専好さんにクイックゆかたを説明する

池坊:もうおはしょりが縫い付けてあるんですね。

矢嶋:お客様の寸法を測って、マイサイズでお仕立をするんです。そのためプレタではなく丸巻から作るのですが、寸法から割り出したちょうどいい位置におはしょりの長さを計算して縫い留めており、紐も付いています。
すべて縫い留めてあるだけなので、糸を解けば普通のゆかたのかたちに戻りますし、自分のサイズになっているから、着た時にぴったり身体に合うんです。

池坊:わあ、本当だ、すごい!

矢嶋:ワンタッチ加工をした帯も用意しています。こちらも結んで縫い留めているだけなので、ハサミを入れていません。セパレートタイプの作り帯と違って、元のかたちに戻せますよ。

池坊:出かけるときもさっと付けられていいですね。素敵。帯を切る作り帯はあるけど、あれをやるともったいないなと思っていました。

矢嶋:きものや帯は女性の命ですから、ハサミで切るのはよくありません。自転車でいえば補助輪のようなもので、自分でちゃんと運転できるようになったら取ればいいんです。
クイックきものもワンタッチ帯も同じで、着られるようになったら元に戻したっていい。

池坊:こうやって気軽に着られるなら、海外のガーデンパーティにも着ていけそうですね!

矢嶋:旅行に持っていく方が増えるんじゃないかなと、期待しています。

池坊:帯も簡単でいいですね。

矢嶋:実はこのワンタッチ帯、スタッフの使用率が高いんです。もちろんスタッフは全員自分でも着られます。
なのになぜワンタッチ帯を? と聞くと、毎日職場に着て行くので、圧倒的に早く、楽に着られるワンタッチ帯を愛用してしいます、と。なるほどなと思いました。
どんなに着るのが早くても15~20分はかかるのに対し、クイックゆかたとワンタッチ帯なら5分で着られて、失敗しようがない。これはゆかたですが、これからクイックきものもどんどん出てきます。

池坊:それはありがたいと思います。海外は全身鏡もきものを広げる場所もないことが多く、自分で着付をするのが大変で。時間がないことも多いので、手早く着られたらとてもいいですね。焦っている時に限ってうまく着られないですし…。

矢嶋:男性の着付は女性に比べたら楽ですが、それでも袴を着る時にはうまくいかないときがあります。だから女性の帯は大変だろうなぁと。おはしょりもきれいに着ようと思うと結構難しいでしょう。

池坊:焦るとプレッシャーがかかりますし、おはしょりがぼこぼこになる時もあって。

矢嶋:現在このクイック加工はゆかたと洗えるきものが対象ですが、9~10月になったら、絹のきものでもできるようになる予定です。

池坊:新作ゆかたのカタログを見ると、デザインも「イングリッシュガーデン」とか、ポップで楽しいものも多いんですね。

矢嶋:2、3着目のゆかたをお持ちになる方が増えてきましたし、素材も綿だけではなくハイテク新合繊のものも出てきて、ゆかたは限りなく夏のきものに近づいてきています。
対談でお話しされていましたが、昔の立花から生花になって新風体がでてきて、といけばなの幅がどんどん広がってきているように、きものの素材も着方も広がっているんです。
今お見せしたゆかたが新素材のゆかたで、昔のポリエステルとは違い、通気性があり熱を逃がします。だから汗をかきにくく、涼しい。そういった素材がここ5年で増えてきていて、アパレルでよく使用される涼感素材をゆかたにも取り入れています。

こちらのゆかたはクイック加工付きで39,900円(+税)、帯もワンタッチ加工をいれて19,900円(+税)。そのくらいの値段で揃えられます。

池坊:いいですよね。5分で着られるっていうフレーズも。

矢嶋:ありがとうございます。ところで先日沖縄に行かれていたのは展示会ですか?

池坊:いけばなインターナショナル世界大会ですね。いろんな流派が集まり世界中から1000人近くが参加する大会です。
運営の一般社団法人いけばなインターナショナルは、設立者のアメリカ人女性が来日した際に日本のいけばなの哲学と美に感銘を受け、これを是非世界に発信したいということで、60年ほど前に作られた組織なんです。
今は世界中に広がりいろんな地域に支部があって、5年に1度 日本で世界大会が開かれます。デモンストレーションや展示、パーティーを行うなど、いけばなを通して様々な国の方と交流ができるんですよ。日本の美は日本人だけではなく、世界中の人が評価されます。

矢嶋:沖縄繋がりなんですが、沖縄の染色は天然染料でされているんです。もちろん化学染料を使う工房もありますが、私どもで扱っているものは全て天然染料で染められています。

池坊:対談にも、「藍を建てる」というお話がでてきましたね。

矢嶋:天然染料のひとつに、沖縄に自生するクワディーサーという植物があるんですよ。

クワディーサー

池坊:こんな大きな木になるのですね。

矢嶋:このクワディーサー、葉と幹で染まる色が違うんです。葉で染めるとベージュ系の色、幹はグレー、芯の部分はすごくクールなシルバーの色が出る。いけばなの出生(しゅっしょう)という言葉の通り、その葉や木はそれぞれ生い立ちが違います。
同じ木でも、どこの部分を使うかで色が違うことを読谷村の工房で教わり、とても驚きました。そこで染めをしている工房長になぜその木を使おうと思ったのかを聞いたら、「直感です」と。
葉が落ちた後に雨が降ると、落ちたところが茶色になっていることに気がつき、これはきっと染料として十分使える生命力があるのではないか、と思い試してみたそうです。

池坊:クワディーサーを染料として初めて使ったのはその方なんですか?

矢嶋:そうではないでしょうか。そしてまだ使っていない木が沖縄にはたくさんあると思います。沖縄は内地に比べたら植物の種類も多いし、しかも生命力が物凄く強い。
柑橘系にしても香りが強いんです。
沖縄の植物の生命力は、染色にも出るんだなぁとつくづく思いました。

池坊:また違った意味での植物の力を感じますね。私達は色んな植物から恩恵を受けている。服にしたり、いけばなとして取り入れたり…私達の暮らしを彩ってくれています。

矢嶋:天然染料には、防虫効果や皮膚の保護効果を持っているものもあります。そういったことも含め、花や植物の力、草木が持っている命の力を、人間がもう一度見直すことがとても重要です。

池坊:以前あかね染めの布地を頂いた時に、100年以上色が持つと聞きました。

矢嶋:あかねは根で染めるんですよ。紅花のように花で染めるものもあります。紅花は7月頭の朝早くに、露がたまっている状態の花を手で摘んで取り、天日に干して、杵でついて紅もちにしてから染料として使います。
一部には桜の花で染める染色家もいますね。天然染料には花びらで染めるものと、葉で染めるもの、幹から染めるもの、根で染めるものとがあるんです。
また、クールという沖縄特有の植物があって、紅の露と書くのですが、沖縄にしかない植物なので沖縄でしか染められない。
それで染めたものが八重山上布です。沖縄や奄美にしかないフクギという木も染料として使われています。その地域にしか自生しない植物を使って染めだせば、そこでしか出せない色になるんです。それは、まさしく植物の出生を表していると思います。

池坊:それぞれの地域性が染色に表れて、さらに、例えばあかね色で染めた布は法衣やきものにして、人の一生を遥かに超える何百年もの時を経て次の世代に引き継がれるのだなと思うと、モノづくりの力を感じました。自然の力、人間の知恵ですね。

矢嶋:一時きもの業界が、簡便な化学染料や機械織り、プリントにはしった頃があって。しかし今の時代になって、天然染料や手織り、手描きの良さに戻ってきているのです。
例えばお米でも豊岡市の例は素晴らしくて、コウノトリを自然孵化に戻そうと歴代市長が努力してこられた。
コウノトリは肉食で、田んぼや川のオタマジャクシやカエル、ドジョウを食べるのですが、農薬の影響でほとんどいなくなってしまって。それを有機農法に変えることから始めて、今は有機田んぼが13%にまで増えてきました。結果的に、有機農法で育てたお米が「コウノトリ育むお米」としてとても人気です。コウノトリという自然を護ろうとしたら、お米まで繋がったんですよ。
それを豊岡の子どもたちがコンビニエンスストアやスーパーに売りに行くのだけど、すぐには売れない。ならば、給食に取り入れよう!となり、昨年4月からは市内小中学校の給食が全て「コウノトリ育むお米」に変わったそうです。

池坊:地方の誇りといいますか、そういった取り組みも進んでいるのですね。今回の大会でのいけばなのデモンストレーションも、本州から花材を持ってくるのではなく、糸芭蕉やハイビスカス、デイゴなど沖縄の花材を準備し、その地域の土壌で育ったお花や葉でいけました。

矢嶋:地場の花材でいけるという運動はよくあるのですか?

池坊:私はそうしていきたいです。京都にはいい花屋さんがありますし、いける方も京都に憧れがあって、取り寄せたりもします。それもいいのですが、自分の住んでいる地域にそれぞれ素敵なお花があるのだから、そこに光を当てていきたいんです。
日本のお花の生産力はとても高く、クオリティも高いんですよ。東北と、九州や沖縄の暖かいところとで、きれいに見える色が違うとも思います。日本は南北に長くて環境がそれぞれ違うため、日照時間や強さも異なりますよね。
その環境で育まれてきた自然や色の感受性もそれぞれ違うのだから、全ての人が京都や東京を向くのではなく、自分の地元にもっと誇りを持ってほしいし、地元のお花を使うことで郷土愛も深まるのではないでしょうか。
そのことが生産者の応援にもなって、経済の活性化にも繋がりますね。そんな仕組みをこれからつくっていきたいです。

矢嶋:それは素晴らしい!是非やってください。例えば月桃という、内地の方はあまり見たことがない植物があるでしょう。

池坊:月桃茶でよく知られていますね。

矢嶋:大島紬でも月桃染めがあって、若い方にとても人気です。月桃と書くとロマンティックですよね。
産地ではそれを「さねん」と呼ぶのですが、奄美にも「さねんばな」という歌詞があるように、九州南部から沖縄でしか自生しないものです。つまりその地域にしかない天然染料で染めるということで、それは文化的な希少性に繋がっていくと思います。

池坊:みんなが同じものではなく、ここでしか出会えないもの、色、感覚が文化の良さだと思います。例えば日日草は本州だと一年草ですが、沖縄だと多年草なんですね。沖縄では通りの隙間に育っていて、地元の人たちは「お金を出して買う人はいないよね」と言うそうです。
でも私たちは、鉢植えで喜んで買っている。植物も環境が違うと、一年草から多年草になるくらい違うんだと思います。

矢嶋:私は以前当社のコンサルタントたちへ定期的に手紙を送っていたのですが、その文章に添えた写真の中で、「アスファルトに咲く花」が一番評判が良かったんです。 アスファルトの間に種が飛んで行って、そこに咲く花の生命力を感じられる。

矢嶋:今回の「いけばなときもの」にも出てくる安国禅寺の「ドウダンツツジ」も、あれだけ壮大な紅葉が見られるのに、元は一本なんですよね。

池坊:そうなんです。結構遠いのに、若い方がたくさん見に来られているんですよ。

安国禅寺 ドウダンツツジの紅葉

矢嶋:奄美大島や西表島にアマミノクロウサギやイリオモテヤマネコを見に行くのと同じで、これからはその地域や島に自生している植物を見て、それらを使ったいけばなが広がればいいと思います。

池坊:そうなれば、いけばなももっと楽しいですよね。

矢嶋:本日は楽しいお話をありがとうございました。